03 (京介×圭志)


「………」

「京介?起きたのか?」

聞き慣れた少し低い声が鼓膜を震わせる。
腕の中にあるぬくもりにゆっくり目を開ければ視界の端に赤みがかった黒い髪。襟足の伸びた髪から覗く肌には紅い華。
黒いシャツから覗く鎖骨にも同じ紅い華が咲いていた。

すらりと伸びた手が膝の上で開かれた雑誌を捲り…。

「料理、雑誌…?」

どこかぼんやりとした声が京介の口から漏れた。

「お前が水餃子食いたいって言ったから作り方調べてたんだよ。何だ寝惚けてんのか?」

体を捻り、背中から己を抱き締めている京介の顔を圭志は下から覗き込む。
それに、京介は圭志の腰に回していた腕から力を抜いて、圭志の肩口から顔を上げた。

「…寝てたか俺?」

「あぁ。お陰で肩が少し重かった」

つられて顔を上げた圭志は口の端を緩めながら言い、開いていた頁の端を折ると雑誌を閉じてテーブルの上に置く。

「疲れてんのか?」

伸びてきた手が京介の髪に触れる。
さらりと、頭をひと撫でして離れていく。

「いや…」

その手を目で追って京介は短く返した。

ただ、お前の側があまりにも心地好くて気が緩んだ。

皆まで言わず言葉を飲み込んだ京介に、雰囲気で感じ取ったのか圭志はゆるりと笑う。

「ならいいけどな。コーヒーでも飲むか?」

やんわりと解かれた腕の中から立ち上がろうとした圭志を引き止め、京介はテーブルの上で視線を止める。そこに飲みかけの状態で置いてあった紅茶を見つけ手を伸ばした。

「おい、それ俺の…」

温くなった紅茶。
圭志の声を無視して喉を潤すと、京介は空になったカップを圭志に渡す。

「熱いのくれ」

「ったく、始めからそう言ってんだろ」

しょうがねぇなと溢しながらも圭志はソファから立ち上がり、キッチンに紅茶とコーヒーの両方を用意しに行った。

戻ってきた圭志から黒のマグカップを受け取り、口を付けて京介は眉をしかめる。

「ん、お前ミルク入れたな?」

「ブラックばっか飲んでんと胃に悪いぞ」

紅茶の入った自分のカップをトレイから下ろし、正方形の小さな箱をテーブルに置く。

「それは?」

文句を溢しながらも大人しくコーヒーを飲む京介に圭志は口許を緩めながら、その隣に腰を下ろした。

「チョコ。皐月から、疲れてる時に二人でどうぞって貰った」

箱の蓋を開ければ、見るからに手作りという感じのチョコレートが四粒。仕切られた箱の中に鎮座していた。

「へぇ、良く宗太が許したな」

「許したってより皐月に負けたんだろ。これ受けとる時、渡良瀬に軽く睨まれたからな。…食うか?」

ひょいと一粒掴んだチョコを京介の口許に近付ける。

「あぁ…。皐月の奴もたまに酷なことするな」

開いた口の中へチョコを落とせば、そのまま指まで食べられる。

「ンッ、あれは天然だろ?渡良瀬も怒るに怒れねぇって感じだったぜ」

指に絡む柔らかな感触に声を漏らし、ゆっくりと指を引く。とろりと溶けたチョコがついた指先を舐め、もう一つ食うか?と聞き返した圭志に今度は京介がチョコを摘まむ。

「このチョコ甘過ぎ。お前も食ってみろ」

そして、口を開けた圭志の舌にチョコを乗せた。

「ん…、ん?確かに、俺達には少し甘過ぎるな。皐月には悪ぃけど」

「だろ?」

ティッシュで手を拭き、口直しにコーヒーを傾ける京介に圭志は無言で手を突き出す。それに京介はマグカップから口を離し、こちらを見ていた圭志に口付けた。

「ん!?ン…ふっ…ぅ…」

すっと目を細め、物言いたげに京介を見つめる圭志に京介は目で笑い、口付けを深くする。

「…ンぅ…ン…はっ…ぁ、この…馬鹿っ。余計甘ったるくなっただろうが」

京介の意識が自分に向いている間にするりと京介の手からマグカップを奪い、圭志は遠慮無くコーヒーをあおった。

顔をしかめてコーヒーを飲む圭志に京介はククッと低く笑う。

「甘かったろ?」

「お前なぁ…」

呆れた顔をしてテーブルの上にカップを置いた圭志の肩を引き寄せ、こめかみに口付ける。
ぐっと近付いた距離に圭志は吐息を溢し、そのまま京介に身を預けた。

止まること無く落とされる唇を甘受し、残されたチョコに視線をやる。

「ん…、どうする残り?」

そして京介へ視線を流し、瞼にも口付けられる。

「冷蔵庫にでも閉まっとけ。後で皐月に気付かれねぇよう宗太にでも処理してもらえばいいだろ」

「…そうだな」

一方的に落とされていたキスの雨を圭志は受け止め、京介に送り返す。

「返したら返したで文句言われそうだがな」

「たしかに」

続けられた京介の台詞に圭志は苦笑し、そっと京介の首に腕を回し引き寄せる。唇に触れるだけのキスをして囁く。

「京介。後で買い物に付き合えよ」

「どこ行くんだ?」

肩に置かれていた腕が腰まで下りてきて、戯れる様なキスと、優しく抱き締めてくる腕に京介のぬくもりを感じる。

「夕飯の材料買いにな」

瞼を閉じて、吐息で返した圭志に京介は一瞬動きを止め、小さく笑う。

「水餃子か」

「お前が食いたいって言うからな」

ゆっくり瞼を押し上げた圭志は、間近で絡んだ愛情溢れる眼差しに、ふわりと表情を綻ばせる。

「そりゃ楽しみだ」

「あぁ、期待しとけ」

自信満々に言い切り溢された笑みはあどけなく、京介は抱き締める腕に力を込めた。



京介×圭志 end.

[ 22 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -